Yamauchi Mariko 今週は、山内マリコの小説を読んでました。

地方の閉塞感をUターンしてきた人の視点で表現

妻の仕事の都合上、たまに特定の作者の書籍が、まとまってうちに来ます。

今週は、山内マリコでした。
1980年生まれで、歳も近い女性作家です。
インスタ、グリーンレーベルリラクシング、Wu-tang clan、50centまで、同世代として知ってるワードが散りばめられてて、共感しやすく、スイスイ読めます。

読んだのは、

  • デビュー作、 ここは退屈迎えに来て
  • 商店街復興物語、 メガネと放蕩娘
  • 登場する男、大体ろくでなし、 アズミ・ハルコは行方不明

ここは退屈迎えに来て

このブログ書いてて知ったんですが、この本、映画化されて今月から公開されるんですね。見たい。
読んだ本、3冊ともそうですが、地方が舞台で、都会からUターンしてる登場人物が多いです。

ここは退屈迎えに来て では、同じ町に住む人々それぞれの視点で町の日常を描きます。それぞれの話の出来事はちょっとずつクロスしてます。
全体通して、地方の灰色感がうまく表現されてた気がします。
何となく地元が窮屈で、都会に出た人は、共感する部分があると思います。

以下、個人的に一番響いた箇所です。

仲間たちとこの町守る、地元サイコー!東京クソ食らえ!みたいな標語を抱えてるラーメン屋で、登場人物がアンケート用紙的なものに書くアンサー。

YO!YO!楽しそうで何よりだNa! 俺は東京に行ったさ文句あっか!? ここで楽しくやってたら最初からどこにも行ってねーよバーカ あらかじめ失われた場所探して、十年さすらった東京砂漠

みたいな。いやぁ、そうなんですよね。
地元では、自分の居場所を作れず、理想郷求めて都会に出る。
んでたまに戻ると、当時のリア充クラスタしか残ってなくて、昔と変わらず自分はコミュ障で、価値観のズレも増した気がして、相変わらず馴染めないワケなんですよ笑。多分。

メガネと放蕩娘

荒廃してく商店街の復興を望む姉妹を中心とした話。妹の方が出戻り。姉がずっと地元に残ってる公務員。
淡々と物語が進みます。

あくまで一例かと思いますが、商店街ってのが過去のものであることを、物語をとおして、分かりやすく説明されてます。
高度成長期だったころ、商店街は地方行政と結託して儲けて、自分の子供たちの教育にしっかりお金をかけ、東京の大学に行かせて一流企業に就職させて、人生アガリ。
なので、シャッターを下げてられる。
住まいでもあるから、一階の店舗エリアだけ他人に貸し出すのは、気遣いなどで逆にめんどくさい。なので、再開発を待つのみ。
そんなとこに若い人が商店街復興のため試行錯誤しても、迷惑なだけ。
商店街の人からしたら、本書は偏った視点で、納得できないかもしれないですが、シャッター街がそのまま存続してる理由の一つとして、上記のことがあるんだなと考えさせられます。

商店街などの既得権益のロビー活動で、厳しい規制を課されてきた大型店は、規制の範囲内で展開できるコンビニに力を入れたり、営業努力をした結果、大規模小売店舗法の廃止などを達成しているのだそうです。
一方、商店街はまちづくり三法などで補助金が獲得しやすく、ぬくぬく状態。
それでは、大型店と競い合えるはずがない。

地方にチェーン店の大型店舗ができて、中心街がシャッター街になる。
とまぁ、似たり寄ったりな地方の景観がどうやって生まれたのかが分かる、ドキュメンタリーのような小説でした。

アズミ・ハルコは行方不明

同じく、地方が舞台です。刺激を求める若者や、古い体質の会社で苦労する独身OLなどが登場人物で、それぞれの視点でストーリーが立ち代わり語られていきます。
舞台の町が、いろんな偶然が重なり、一瞬鮮やかになる(なったように見える)が、結局またバラバラになり灰色に戻る、みたいな。
要所要所で登場する、男性を襲う、少女ギャングがだいぶ非現実的なんですが、不思議と違和感なくストーリーに馴染んでます。
登場する男性が大体ろくでなしで、少女ギャングが男を襲うことが、地方都市の女性の怒りを代弁してるような気がしました。
これも映画化されてるらしいです。

* * *

以上、山内マリコの三作品を読んだ感想でした!
地方の閉塞感の表現力がすごい。山内マリコさん、地元で何があったんですかね笑。

今週のヘビロテ

Masegoのニューアルバム、Lady Lady。

9月に発売されてたんですが、やっと買えました。久しぶりに、アルバム単位で楽曲を買だだ気がします。
FKJ とか好きな人にオススメ。ジャズ x エレクトロニクス、みたいな。